大阪高等裁判所 昭和34年(う)692号 判決 1959年11月09日
被告人 杉本こと一本杉淳 外一名
主文
原判決を破棄する。
本件を神戸地方裁判所尼崎支部に差し戻す。
理由
職権を以つて調査するに、原判決はその挙示の如き証拠によりその判示各事実を認定した上、これに対し刑法第二〇四条第二〇七条等を適用し単純一罪として処断したのである。しかし傷害罪は被害者毎に犯罪を構成し原判示事実は被告人らが李元植外三名に対しそれぞれ傷害を与えたと認定したものであるから数個の傷害罪はそれぞれ併合罪の関係にあるものと認められるにも拘らず、原判決がこれを単純一罪として擬律したのは、この点において既に法律の適用を誤つた違法があるのみならず、原審証人李元植の証言、李元植の司法警察職員、検察官に対する各供述調書の記載、被告人山城慶治の司法警察員、同職員に対する供述調書の記載に徴するときは、被害者李元植を殴打したのは、被告人山城慶治一人のみであり、金成洛の司法警察職員、検察官に対する各供述調書、被告人一本杉淳の検察官に対する供述調書の記載によれば、被害者金成洛を殴打したのは、被告人一本杉淳一人のみであることが認められ、原判示の如く被告人一本杉淳が李元植を殴打し、被告人山城慶治が金成洛を殴打したとの事実を認めるに足る証跡は記録を精査するもこれを発見することができない。もしそれ、被害者李元植を殴打したのは被告人山城慶治一人のみであり、被害者金成洛を殴打したのは被告人一本杉淳一人のみであるとすれば、被害者李元植の原判示傷害は被告人山城慶治の暴行に因るものであり、被害者金成洛の傷害は被告人一本杉淳の暴行に因るものと認めざるを得ないのである。
次に宮本隆の司法警察職員、検察官に対する各供述調書の記載によるときは、同人は原判示日時、場所において被告人山城慶治外四、五名に殴打せられた事実が認められるけれども、右四、五名のうちに被告人一本杉淳が加わつた事実があるかどうかは記録上必ずしもこれを明らかにすることができないから原判決はこの点においても事実誤認の疑いが存することが極めて明らかである。
而して、刑法第二〇七条は共同者(共同正犯)でない二人以上の者が同一人に対し時間的場所的に相接近して暴行を加えて傷害の結果を生ぜしめた場合において、その傷害の軽重を知ることができないとき又はその傷害を生ぜしめた者を知ることができないときのみに適用せられるのであつて、(イ)二人以上の者が共同正犯にかかるとき、(ロ)二人以上の者の暴行が暴行に止まり、傷害の結果を生ぜしめなかつたとき、(ハ)被害者が二人以上の者から暴行を加えられることなく、単に一人のみから暴行を加えられ、これに因り傷害を加えられたものと認められるとき(加害者のその一人が何人なるかが明らかでない場合を含む)(二)被害者が二人以上の者から暴行を加えられ傷害を生じた場合でも各々暴行に因る傷害の部位程度が明らかであり、従つて傷害の軽重を知ることができるとき、(ホ)被害者が二人以上の者からそれぞれ暴行を加えられたけれども、傷害が特定人の暴行に因るものと認められ、従つて傷害を生ぜしめた者を知ることができるとき、は何れも本条の適用はあり得ないものと謂わなければならない。
今本件についてこれを見るに、原判示事実中被害者李元植に対する傷害は前記認定の如く被告人山城慶治の単独暴行によるものであり、被害者金成洛に対する傷害は同じく被告人一本杉淳の単独暴行に因るものと何れも認められるから、被害者李元植に対する傷害については、被告人一本杉淳、被害者金成洛に対する傷害については、被告人山城慶治には何れも前記説明の如く刑法第二〇七条の適用はあり得ないことになる。このことは被告人両名が原判示の如く被害者李順富に対し相共に殴打を加えて傷害に致した故を以つて刑法第二〇七条が適用せられる場合においても同様であつて、刑法第二〇七条は各被害者毎にその要件を充足するかどうかを個別的に厳密に判定すべきものである。
さすれば原判決はこの点においても法律の適用を誤つた違法があるものと謂わなければならない。
(裁判官 児島謙二 畠山成伸 本間末吉)